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湖川友謙 サンライズ作品画集(仮)

やっぱり『ダイターン3』の最終回はいいなあ・加筆修正 [富野関係]

 はじめに。この記事は、2010年10月に書いたものに加筆修正したものです。思うところあってのアップだけれど、言葉にすると陳腐になるし、いやらしいので。
 ではどうぞ。



 以前CSフジで入っていた『ダイターン3』は録画しておいて、時間がある時にチョイチョイ見進めていたのだが、先日最終回を見終えた(念のため、もちろん初見ではない)。

 うーん、最終回のハードボイルドっぷりは、やっぱりイイなあ。

 シリーズ全体の出来としてはちょっとアレな感じはあります、正直。

 製作年で見ると『機動戦士ガンダム』と1年しか差がないんだけど、今の目で見ると両作品の間にはそれ以上の差があります。
 ひょっとして『スーパーロボット大戦』シリーズでの厚遇が、『ダイターン3』の評価に下駄をはかせているんじゃないか、という気すらします。

 でもね、やっぱり。

 「ロボット版ルパン三世」のような洒脱な第1話と、大人のテイストに満ちた最終話は、イイよなあ。

  以下、最終話の痺れる点を列挙します。


1、出撃する万丈の後ろ姿を見送るレイカとビューティのセリフ。

 「見納めね」
 「未練よ」

 簡潔なセリフ自体もいいが、「未練よ」を言うのが日頃は頭の軽そうなビューティというのも良い。

 普段の感じから言ったら、セリフの担当が逆な感じしません?


2、力の入っている最終決戦の作画。

 絵の素養が全くないぼくにも、描き手の情熱が伝わってきます。

 突然、背景が白くなる大胆なシーンも。近年のアニメでも同じような処理を見ることがありますが、「この絵を描いたスタッフさんはダイターンに影響を受けたのかなあ」とか考えてしまいます。

 最終回の作画は塩山紀生さんで、なんと作画を1人で担当、動画まで描いています。どういうこった。

 そこら辺の気持ち・流れを『ザンボット3・ダイターン3大全』216ページから引用しましょう。


 (ブログ主注・アニメに本腰を入れるようになった)記念碑的な作品が『ダイターン3』だったんですよ。この最終話の作画を1人でやってから、アニメーションが面白く思えたんです。
 (中略)
 キャラクターを描くことや動かすことじゃなく、キャラクターの気持ちを表現してやればいいってことで、当時はそれなりに体裁よりも勢いや気持ちを大切にしました。最終回の最後の方(万丈対ドン・ザウサー戦)は、鉛筆で線をグワアアアッ! ってやって、万丈の想いを表現してるんです。でも、これを動画の人に渡してもできませんから、いっそ自分でやっちゃえと思って。全部ラフな線で描いて、自分で動画までやっちゃいましたね。
 最初は「もしこの線でラフすぎて見辛いのであれば、きれいにクリンナップして動画に渡してください」っていう指示を入れて回したんですが、富野さんが面白がってくれましてね。セルに色をつけないで、鉛筆のタッチを活かす方向で演出をしてくれたんです。今見ても、このシーンは僕自身のアニメーションに対するエネルギーが見えていますね。

 
 引用以上です。この後、ゼロックス導入によって、あのシーンが可能となったことについて触れています。

 でもこんなエピソードを知らなくても、描いた人の感情や想いが視聴者に伝わってくる名シーンですよね。


3、「ひょっとしたら万丈自身がメガノイドではないのか?」 という疑問を、結局匂わせたまま終える「粋」。

 全部ペラペラ喋ってしまう無粋とは無縁です。

 そして、「まだ○○の説明がされていないじゃないか!」と全てに答えを求めるお子様な視聴者とも、無縁なのです。


4、万丈最後のセリフ「ぼくは、いやだ…」

 謎めいた・よく分からないセリフでありながら、全てを否定する力強さに満ちたセリフ。

 まあ、普通に考えたら「メガノイドであること」の否定なんでしょうが、どこか哀しみや諦観を帯びている鈴置さんの演技ともあいまって、非常に印象深い一言になっています。


5、アッサリとした万丈チームの解散。

 実は、ここがぼくの一番好きなところ。

 ボスである万丈の帰還を待たず、共に闘ってきた戦友とのあまりに淡々とした別れ。

 レイカは「仕方ないでしょ、住む世界が違うんだから」とカンタンに部屋を出て行く。ビューティもそんなレイカに文句を言いつつ、迎えの車に乗り込むと何の感慨も見せずに朝食の心配を始める。

 みんな、宴が終ったことを承知しているのだ。

 その淡々とした、しかししっかりとした解散劇を描く送り手の姿勢は、ファンの妄想に沿う制作者のそれとは対極をなすものです。

 そして、ジメジメしたお涙頂戴とも、一切無縁な別れ。

 本当に大人の演出だな、と思う。

 他の作品の話になってしまうが、『カウボーイ・ビバップ』の終盤にもこのドライさがあれば、もっと名作だったんだがなあと残念に思う。


6、ラストシーン。

 ギャリソンが鍵を掛けて去り、万丈邸は空き家になる。

 夜が空け始めて、日輪がのぼってくる。

 右端の部屋だけ明るいのは、陽が差し込んでいるからなのか、それとも屋敷の主が帰還したのか。

 それも分からぬまま、物語は幕を閉じる。

 しかし消化不良の感は無い。心地良い余韻だけが残る。

 描写の過不足ない、見事なラストシーンだな、と改めて思いました。

 

富野を知るにはこれを買え


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