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安田 朗 ガンダムデザインワークス

吾輩はザクである 一気読み [アニメ周辺・時事]

 吾輩はザクである。乗り手はもう無い。

 どこで作られたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いざわざわした所で作られた事だけは記憶している。

 吾輩はコロニーで始めて敵モビルスーツというものを見た。
 しかもあとで聞くとそれはガンダムというモビルスーツ中で一番獰悪な種族であったそうだ。

 このガンダムというのは時々我々を捕えて煮て食うという話である。
 しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。

 ただ彼の掌に顔をつかまれてスーと持ち上げられた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。
 顔を掴まれながら少し落ちついてガンダムの顔を見たのがいわゆる敵モビルスーツというものの見始であろう。

 この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。
 第一同色系統をもって装飾されべきはずのボディーカラーがトリコロールでまるで国旗だ。その後敵モビルスーツにもだいぶ逢ったがこんな変なのには一度も出会わした事がない。

 のみならず背中の二個所があまりに突起している。そうしてそこから時々ぷうぷうと赤い光を抜く。どうも熱くて実に弱った。
 これがガンダムの使うビームサーベルというものである事はようやくこの頃知った。

 このガンダムの掌に掴まれてしばらくはよい心持でおったが、しばらくすると非常な腕力で引っ張り始めた。
 ガンダムが動くのか自分だけが動くのか分らないが無暗に眼が廻る。胸が悪くなる。到底助からないと思っていると、どさりと音がして眼から火が出た。

 それまでは記憶しているがあとは何の事やらいくら考え出そうとしても分らない。

 ふと気が付いて見るとガンダムはいない。たくさんおった住民も一人も見えぬ。肝心の上司さえ姿を隠してしまった。

 その上今までの所とは違って無暗に体が重い。足が重くて走れぬくらいだ。

 はてな何でも容子がおかしいと、のそのそ歩いて出して見ると非常に重い。吾輩はコロニーの中から急に砂漠の中へ棄てられたのである。

 ようやくの思いで砂漠を進むと向うにギャロップがある。吾輩はギャロップの前に坐ってどうしたらよかろうと考えて見た。

 別にこれという分別も出ない。しばらくして泣いたらガンダムがまた来るかと考え付いた。試みにやって見たが誰も来ない。

 そのうち砂漠の上をさらさらと風が渡って日が暮れかかる。エネルギーが非常に減って来た。泣きたくても声が出ない。仕方がない、何でもよいからエネルギーのある所まであるこうと決心をしてそろりそろりとギャロップを左りに廻り始めた。

 どうも非常に苦しい。
 そこを我慢して無理やりに這って行くとようやくの事で何となく人間臭い所へ出た。

 ここへ這入ったら、どうにかなると思って開け放しになっていた入口から、とあるギャロップにもぐり込んだ。

 縁は不思議なもので、もしこの入口が開いていなかったなら、吾輩はついに路傍で錆び付いていたかも知れんのである。
 一樹の蔭とはよく云ったものだ。
 この入口は今日に至るまで吾輩が出撃する時の通路になっている。

 さてギャロップ内へは忍び込んだもののこれから先どうして善いか分らない。

 そのうちに暗くなる、エネルギーゲインは減る、寒さは寒しという始末でもう一刻の猶予が出来なくなった。

 仕方がないからとにかく右へ左へとモノアイをやる。

 今から考えるとその時はすでに安全であったのだ。

 ここで吾輩は人間を見るべき機会に遭遇したのである。
 第一に逢ったのがハモンである。

 これは前のガンダムより一層乱暴な方で吾輩を見るや否やいきなり部下を使って表へ抛り出した。
 いやこれは駄目だと思ったから眼をねぶって運を天に任せていた。

 しかしエネルギー切れと寒いのにはどうしても我慢が出来ん。

 吾輩は再びハモンの隙を見てギャロップへ這い上った。すると間もなくまた投げ出された。
 吾輩は投げ出されては這い上り、這い上っては投げ出され、何でも同じ事を四五遍繰り返したのを記憶している。

 その時にハモンと云う者はつくづくいやになった。
 この間ハモンのスカーフを盗んでこの返報をしてやってから、やっと胸のつかえが下りた。

 吾輩が最後につまみ出されようとしたときに、この家の主人が騒々しい何だといいながら出て来た。

 ハモンは吾輩を指でさしてこの宿なしのザクがいくら出しても出してもギャロップへ上って来て困りますという。

 主人は鼻の下の黒い毛をひねりながら吾輩の顔をしばらく眺めておったが、やがてそんなら内へ置いてやれといったまま奥へ這入ってしまった。

 主人はあまり口を聞かぬ人と見えた。

 ハモンは口惜しそうに吾輩をギャロップのハンガーへ抛り出した。かくして吾輩はついにこのギャロップを自分の住家と極める事にしたのである。

 吾輩の主人は滅多に吾輩と顔を合せる事がない。職業はゲリラ屋だそうだ。

 戦場から帰ると終日自室に這入ったぎりほとんど出て来る事がない。

 家のものは大変な勇士だと思っている。当人も勇士であるかのごとく見せている。

 しかし実際はうちのものがいうような勇士ではない。

 吾輩は時々彼の自室を覗いて見るが、彼はよく昼寝をしている事がある。時々読みかけてあるマニュアルの上に涎をたらしている。彼は胃弱で皮膚の色が淡黄色を帯びて弾力のない不活溌な徴候をあらわしている。

 その癖に大飯を食う。
 大飯を食った後でタカジヤスターゼを飲む。飲んだ後でマニュアルをひろげる。二三ページ読むと眠くなる。涎をマニュアルの上へ垂らす。

 これが彼の毎夜繰り返す日課である。

 吾輩はザクながら時々考える事がある。
 ゲリラ屋というものは実に楽なものだ。人間と生れたらゲリラ屋となるに限る。

 こんなに寝ていて勤まるものならザクにでも出来ぬ事はないと。

 それでも主人に云わせるとゲリラ屋ほどつらいものはないそうで彼は友達が来る度に何とかかんとか不平を鳴らしている。

 吾輩がこのギャロップへ住み込んだ当時は、主人以外のものにははなはだ不人望であった。
 どこへ行っても跳ね付けられて相手にしてくれ手がなかった。

 いかに珍重されなかったかは、今日に至るまで脚部にミサイルポッドさえつけてくれないのでも分かる。

 吾輩は仕方がないから、出来得る限り吾輩を入れてくれた主人の傍にいる事をつとめた。

 朝主人が珈琲を飲むときは必ず彼の膝の上に乗る。彼が昼寝をするときは必ずその背中に乗る。
 これはあながち主人が好きという訳ではないが別に構い手がなかったからやむを得んのである。

 その後いろいろ経験の上、朝はカーゴの上、夜は格納庫の中、天気のよい昼は砂漠へ寝る事とした。
 しかし一番心持の好いのは夜に入ってここのうちのグフの寝床へもぐり込んでいっしょにねる事である。

 このグフというのは夜になると特等のハンガーへ入って一機で寝る。
 吾輩はいつでも彼の隣に己れを容るべき余地を見出してどうにか、こうにか割り込むのであるが、運悪くグフが眼を醒ますが最後大変な事になる。

 グフは――モビルスーツの中でもことに質がわるい――ザクが来たザクが来たといって夜中でも何でも大きな声で泣き出すのである。 すると例の神経胃弱性の主人は必ず眼をさまして部屋から飛び出してくる。現にせんだってなどはグフに乗り込みヒートロッドで尻ぺたをひどく叩かれた。

 吾輩は彼等と同居して観察すればするほど、彼等は我儘なものだと断言せざるを得ないようになった。

 ことに吾輩が時々同衾するグフのごときに後継機に至っては言語同断である。

 自分の勝手な時はザクを逆さにしたり、頭へ袋をかぶせたり、激戦区へ抛り出したり、スクラップ置き場の中へ押し込んだりする。

 しかも吾輩の方で少しでも手出しをしようものなら家内総がかりで追い廻して迫害を加える。

 この間もちょっとマシンガンでギャロップを撃ってみたらハモンとグフが非常に怒ってそれから容易に中へ入れない。
 格納庫の奥でふるえていても一向平気なものである。

 吾輩の尊敬する宇宙の旧ザク君などは逢う度毎に後継機ほど不人情なものはないと言っておらるる。

 旧ザクは先日玉のような子旧ザクを四疋産まれたのである。
 ところがそこの家のリック・ドムが三日目にそいつを解体工場へ持って行って四疋ながら棄てて来たそうだ。

 旧ザク君は涙を流してその一部始終を話した上、どうしても我等ザク族が親子の愛をまったくして美しい家族的生活をするには人間・後継機と戦ってこれを剿滅せねばならぬといわれた。

 一々もっともの議論と思う。

 また隣りの赤ザク君などは後継機が所有権という事を解していないといって大に憤慨している。

 元来我々ザク族間ではマシンガンの弾でもクラッカーでも一番先に見付けたものがこれを所持する権利があるものとなっている。

 もし相手がこの規約を守らなければ腕力に訴えて善いくらいのものだ。
 しかるに彼等後継機はごうもこの観念がないと見えて我等が見付けた武装は必ず彼等のために掠奪せらるるのである。

 彼等はその強力を頼んで正当に吾人が得べきものを奪ってすましている。

 旧ザク君はガデムの家におり赤ザク君は彗星の主人を持っている。吾輩はゲリラ屋の家に住んでいるだけ、こんな事に関すると両君よりもむしろ楽天である。

 ただその日その日がどうにかこうにか送られればよい。
 いくら人間や後継機だって、そういつまでも栄える事もあるまい。まあ気を永くザクの時節を待つがよかろう。

 我儘で思い出したからちょっと吾輩の家の主人がこの我儘で失敗した話をしよう。

 元来この主人は何といって人に勝れて出来る事もないが、何にでもよく手を出したがる。

 モビルスーツに乗って木馬へ強襲をしたり、キュイを戦場へ出したり、間違いだらけの戦術をしたり、時によると戦いを忘れたり、またあるときは雷をゴロゴロ鳴らしたりするが、気の毒な事には、どれもこれも物になっておらん。

 その癖やり出すと胃弱の癖にいやに熱心だ。グフで戦場を駆けて、近所で青き巨星と渾名をつけられているにも関せず一向平気なもので、やはりこれはジンバ・ラルの息子にて候を繰返している。
 みんながそら戦馬鹿が始まったと吹き出すくらいである。

 この主人がどういう考になったものか吾輩の住み込んでから一月ばかり後のある月の月給日に、大きな包みを提げてあわただしく帰って来た。
 何を買って来たのかと思うと手榴弾と拳銃とパーソナルジェットで今日からモビルスーツ戦をやめて白兵戦をやる決心と見えた。

 果して翌日から当分の間というものは毎日毎日昼寝もしないで射撃ばかりしている。しかしその的を見ると何処を当てたいものやら誰にも鑑定がつかない。
 当人もあまりうまくないと思ったものか、ある日その友人で公王とかをやっている人が来た時に下のような話をしているのを聞いた。

「どうもうまくうてないものだね。人のを見ると何でもないようだが自ら銃をとって見ると今更のようにむずかしく感ずる」

 これは主人の述懐である。なるほど詐りのない処だ。

 彼の友は濃い茶の色めがね越に主人の顔を見ながら、

「そう初めから上手には撃てないさ、第一室内の想像ばかり銃が撃てる訳のものではない。昔ジオンの大家ジオン・ズム・ダイクンが言った事がある。銃をうつなら何でも自然その物を撃て。天に星辰あり。地に露華あり。飛ぶに鳥あり。走るに獣あり。池に金魚あり。枯木に寒鴉(かんあ)あり。自然はこれ一幅の大射撃場なりと。どうだ君もまっとうに銃をうとうと思うならちと自然を相手にしたら」

「へえジオン・ズム・ダイクンがそんな事をいった事があるかい。ちっとも知らなかった。なるほどこりゃもっともだ。実にその通りだ」
と主人はむやみに感心している。

色めがねの裏には嘲けるような笑いが見えた。

 その翌日吾輩は例のごとく砂漠に出て心持善く昼寝をしていたら、主人が例になく自室から出て来て吾輩の後ろで何かしきりにやっている。

 ふと眼が覚めて何をしているかとモノアイを一分ばかり動かして見ると、彼は余念もなくジオン・ズム・ダイクンをきめ込んでいる。

 吾輩はこの有様を見て覚えず失笑するのを禁じ得なかった。

 彼は彼の友に揶揄せられたる結果としてまず手初めに吾輩を射撃しつつあるのである。

 吾輩はすでに十分寝た。あくびがしたくてたまらない。
 しかしせっかく主人が熱心に銃ををとっているのを動いては気の毒だと思って、じっと辛棒しておった。

 彼は今吾輩の頭部に狙いを定めて引き金を絞っている。

 吾輩は自白する。

 吾輩はモビルスーツとして決して上乗の出来ではない。
 装甲といい武装といい機動力といいあえて他のモビルスーツに勝るとは決して思っておらん。

 しかしいくら不器量の吾輩でも、今吾輩の主人が撃ちつつあるような銃が有効とは、どうしても思われない。

 第一大きさが違う。

 吾輩はジオニック社産のモビルスーツで発泡金属及びカーボンセラミック等の皮膚を有している。
 これだけは誰が見ても疑うべからざる事実と思う。

 しかるに今主人の拳銃を見ると、MS用でもなければ大口径でもない、さればとて秘策があるわけでもない。
 ただ対人用の拳銃であるというよりほかに評し方のないのである。

 吾輩は心中ひそかにいくらジオン・ズム・ダイクンでもこれではしようがないと思った。しかしその熱心には感服せざるを得ない。

 なるべくなら動かずにおってやりたいと思ったが、さっきからエネルギー切れが催している。
 身内の機器はむずむずする。最早一分も猶予が出来ぬ仕儀となったから、やむをえず失敬して両足を前へ存分のして、両腕を上げてあーあと大なる欠伸をした。

 さてこうなって見ると、もうおとなしくしていても仕方がない。どうせ主人の予定はぶち壊したのだから、ついでにメンテナンスをしようと思ってのそのそ這い出した。

 すると主人は失望と怒りを掻かき交ぜたような声をして、「この馬鹿野郎」と怒鳴った。
 この主人は人を罵るときは必ず馬鹿野郎というのが癖である。ほかに悪口の言いようを知らないのだから仕方がないが、今まで辛棒したザクの気も知らないで、むやみに馬鹿野郎よばわりは失敬だと思う。

 それも平生吾輩が彼の背中へ乗る時に少しは好い顔でもするならこの漫罵(まんば)も甘んじて受けるが、いつも苦悶の表情を浮かべてこっちの便利になる事は何一つ快くしてくれた事もないのに、メンテナンスに立ったのを馬鹿野郎とは酷い。

 元来人間というものは自己の力量に慢じてみんな増長している。少し人間より強いものが出て来ていじめてやらなくてはこの先どこまで増長するか分らない。だから背中へ乗ってやるのだ。

 我儘もこのくらいなら我慢するが吾輩は人間の不徳についてこれよりも数倍悲しむべき報道を耳にした事がある。

 吾輩のギャロップの隣に少しばかりの大きさのカーゴがある。広くはないがさっぱりとした心持ち好く日の当たる所だ。
 うちのグフがあまり騒いで楽々昼寝の出来ない時や、あまり退屈で駆動系の加減がよくない折などは、吾輩はいつでもここへ出て浩然の気を養うのが例である。

 ある小春の穏かな日の二時頃であったが、吾輩は快よく一睡した後、運動かたがたカーゴへと歩を運ばした。

 カーゴのそばまでくると、その上に大きなモビルスーツが前後不覚に寝ている。彼は吾輩の近づくのもいっこう心付かざるごとく、また心付くも無頓着なるごとく、大きなファンの音をたてて長々と体を横たえている。
 
 ひとのカーゴに忍び入りたるものがかくまで平気にねむられるものかと、吾輩はひそかにその大胆なる度胸に驚かざるを得なかった。

 彼は黒いモビルスーツである。わずかに午を過ぎたる太陽は、透明なる光線を彼の装甲の上になげかけた。

 彼はモビルスーツ中の大王とも云うべきほどの堂々なる体格を有している。吾輩より一回り大の大きさはたしかにある。

 吾輩は嘆賞の念と、好奇の心に前後を忘れて彼の前に佇立して余念もなく眺めていると、静かなる小春の風が、砂塵を誘ってばらばらとカーゴの上に落ちた。

 大王はかっとその真丸(まんまる)の眼を開いた。

 今でも記憶している。その眼は美しく輝いていた。
 彼は身動きもしない。一つ目の奥から射るごとき光を吾輩の額の上にあつめて、おめえは一体何だと云った。

 大王にしては少々言葉が卑しいと思ったが何しろその声の底に連邦のモビルスーツをもひしぐべき力が籠っているので吾輩は少なからず恐れを抱いた。しかし挨拶をしないと険呑だと思ったから「吾輩はザクである。乗り手はもうない」となるべく平気を装って冷然と答えた。

 しかしこの時吾輩の動力系はたしかに平時よりも烈しく鼓動しておった。

 彼は大いに軽蔑せる調子で「何、ザクだ? ザクが聞いてあきれらあ。ぜんてえどこに住んでるんだ」

 随分傍若無人である。「吾輩はここのゲリラ屋のうちにいるのだ」

「どうせそんな事だろうと思った。いやにやせてるじゃねえか」と大王だけに気焔(きえん)を吹きかける。

 言葉付から察するとどうも良家のモビルスーツとも思われない。しかしそのあぶらぎって肥満しているところを見ると御馳走を食ってるらしい、豊かに暮しているらしい。

 吾輩は「そう云う君は一体誰だい」と聞かざるを得なかった。

「おれあ三連星のドムよ」昂然(こうぜん)たるものだ。

 三連星のドムはこの近辺で知らぬ者なき乱暴モビルスーツである。しかし三連星だけに強いばかりでちっとも教育がないからあまり誰も交際しない。同盟敬遠主義のまとになっている奴だ。

 吾輩は彼の名を聞いて少々尻こそばゆき感じを起すと同時に、一方では少々軽侮の念も生じたのである。

 吾輩はまず彼がどのくらい無学であるかを試してみようと思って下の問答をして見た。

「一体三連星とゲリラ屋とはどっちがえらいだろう」

「三連星の方が強いにきまっていらあな。おめえのうちの主人を見ねえ、背が低くてずんぐりむっくりだぜ」

「君も三連星のドムだけにだいぶ強そうだ。三連星にいると戦果をあげられると見えるね」

「なあにおれなんざ、どこの戦場へ行ったって戦果に不自由はしねえつもりだ。おめえなんかも砂漠ばかりぐるぐる廻っていねえで、ちっとおれの後へくっ付いて来て見ねえ。一と月とたたねえうちに見違えるように階級があがるぜ」

「追ってそう願う事にしよう。しかし家はゲリラ屋の方が三連星より大きいのに住んでいるように思われる」

「べらぼうめ、うちなんかいくら大きくたって戦功の足しになるもんか」

 彼は大いに肝癪に障った様子で、目くらましをしきりと発光してあららかに立ち去った。吾輩が三連星のドムと知己になったのはこれからである。

 その後吾輩は度々ドムと邂逅する。邂逅する毎に彼は三連星相当の気焔を吐く。
 先に吾輩が耳にしたという不徳事件も実はドムから聞いたのである。

 或る日例のごとく吾輩とドムは暖かいカーゴの上で寝転びながらいろいろ雑談をしていると、彼はいつもの自慢話をさも新しそうに繰り返したあとで、吾輩に向って次のごとく質問した。

「おめえは今までにジムを何匹やった事がある」

 智識はドムよりも余程発達しているつもりだが腕力と勇気とに至っては到底ドムの比較にはならないと覚悟はしていたものの、この問に接したる時は、さすがにきまりが善くはなかった。

 けれども事実は事実でいつわる訳には行かないから、吾輩は「実はやろうやろうと思ってまだ戦わない」と答えた。

 ドムは彼の胸のあたりの拡散ビーム砲をきらきらと光らせて非常に笑った。
 元来ドムは自慢をするだけにどこか足りないところがあって、彼の気焔を感心したように謹聴していればはなはだ御しやすいモビルスーツである。

 吾輩は彼と近付になってからすぐにこの呼吸を飲み込んだからこの場合にもなまじい己れを弁護してますます形勢をわるくするのも愚である、いっその事彼に自分の手柄話をしゃべらして御茶を濁すにしくはないと思案を定めた。

 そこでおとなしく「君などは強さが強さであるからだいぶんやったろう」とそそのかして見た。

 果然彼は墻壁(しょうへき)の欠所に吶喊(とっかん)して来た。
「たんとでもねえが三四十はとったろう」とは得意気なる彼の答であった。

 彼はなお語をつづけて「ジムの百や二百は一機でいつでも引き受けるがガンダムってえ奴は手に合わねえ。一度ガンダムに向って酷い目にあった」

「へえなるほど」と相槌を打つ。

 ドムは大きなモノアイを動かして云う。
「ジャブロー攻撃の前の時だ。うちの亭主が森の中へ入り込んだらおめえガンダムの野郎が面喰らって飛び出したと思いねえ」

「ふん」と感心して見せる。

「ガンダムってけども何ジムの少し性能がいいぐれえのものだ。こん畜生って気で追っかけてとうとうジェットストリームアタックを仕掛けたと思いねえ」

「うまくやったね」と喝采してやる。

「ところがおめえいざってえ段になると奴め最後に俺を踏み台にしやがった。いてえのいたくねえのってそれからってえものはガンダムを見ると胸が悪くならあ」
 彼はここに至ってあたかも往時の痛みを今なお感ずるごとく右手を揚げて頭の上を二三遍なで廻わした。

 吾輩も少々気の毒な感じがする。
 ちっと景気を付けてやろうと思って「しかしジムなら君に睨まれては百年目だろう。君はあまりジムをやるのが名人でジムばかりやるものだからそんなに戦果をあげているのだろう」

 ドムの御機嫌をとるためのこの質問は不思議にも反対の結果を呈出した。

 ドムはきぜんとして大息していう。

「考げえるとつまらねえ。いくらジムをとったって――一いってえ人間ほどふてえ奴は世の中にいねえぜ。人がおとしたジムをみんな自分の戦果として報告しやがる。上じゃ誰がおとしたか分らねえからそのたんびにパイロットの評価ばかりがあがるじゃねえか。うちの亭主なんかおれの御蔭で昇進していやがる癖に、ろくなお礼を言った事もありゃしねえ。おい人間てものあ体(てい)のいい泥棒だぜ」

 さすが無学のドムもこのくらいの理屈はわかると見えてすこぶる怒った様子で胸の拡散ビーム砲を光らせている。

 吾輩は少々気味が悪くなったから善い加減にその場を胡魔化して家へ帰った。

 この時から吾輩は決してジムをやるまいと決心した。しかしドムの子分になってジム以外の敵モビルスーツを倒してあるく事もしなかった。正々堂々と戦うよりも奇襲を仕掛けた方が気楽でいい。
 ゲリラ屋の家にいると猫もゲリラ屋のような性質になると見える。要心しないと今に胃弱になるかも知れない。

 ゲリラ屋といえば吾輩の主人も近頃に至っては到底射撃において望みのない事を悟ったものと見えて十二月一日の日記にこんな事をかきつけた。


  シャアと云う人に今日の会で始めて出逢った。あの人はだいぶ放蕩をした人だと云うがなるほどモテるらしい風采をしている。
  こう云う質の人は女に好かれるものだからシャアが放蕩をしたと云うよりも放蕩をするべく余儀なくせられたと云うのが適当であろう。
  あの人の恋人はニュータイプだそうだ、羨ましい事である。
  元来放蕩家を悪くいう人の大部分は放蕩をする資格のないものが多い。また放蕩家をもって自任する連中のうちにも、放蕩する資格のないものが多い。
  これらは余儀なくされないのに無理に進んでやるのである。
  あたかも吾輩の射撃に於けるがごときもので到底卒業する気づかいはない。しかるにも関せず、自分だけは通人だと思って済ましている。料理屋の酒を飲んだり待合へ這入るから通人となり得るという論が立つなら、吾輩もひとかどの射撃上手になり得る理屈だ。
  吾輩の射撃のごときは撃たない方がましであると同じように、愚昧なる通人よりも山出しの大野暮の方が遥かに上等だ。


 通人論はちょっと首肯しかねる。

 またニュータイプの恋人を羨しいなどというところはゲリラ屋としては口にすべからざる愚劣の考であるが、自己の射撃における批評眼だけはたしかなものだ。

 主人はかくのごとく自知の明あるにも関せずその自惚心はなかなか抜けない。中二日(なかふつか)置いて十二月四日の日記にこんな事を書いている。


  昨夜は僕の射撃の腕が到底物にならんと思って、そこらにほうって置いた拳銃に誰かが立派な赤外線の照準をつけてくれた夢を見た。
  さて照準になったところを見ると我ながら急に上手になった。非常に嬉しい。
  これなら立派なものだと独りで暮らしていると、夜が明けて眼が覚めてやはり元の通り下手である事が朝日と共に明瞭になってしまった。


 主人は夢のうちまで射撃の未練を背負ってあるいていると見える。
 これでは射撃は無論夫子(ふうし)のいわゆる通人にもなれないたちだ。

 主人が射撃を夢に見た翌日例の色めがねの公王が久し振りで主人を訪問した。

 彼は座につくと劈頭(へきとう)第一に「銃はどうかね」と口を切った。

 主人は平気な顔をして
「君の忠告に従って自然を相手に撃っているが、なるほど今まで気のつかなかった標的の動きや、弾道の精細な変化などがよく分るようだ。ジオンでは昔から自然を相手に訓練した結果こんにちのように発達したものと思われる。さすがジオン・ズム・ダイクンだ」と日記の事はおくびにも出さないで、またジオン・ズム・ダイクンに感心する。

 公王は笑いながら
「実は君、あれは出鱈目だよ」と頭を掻く。

「何が」と主人はまだいつわられた事に気がつかない。

「何がって君のしきりに感服しているジオン・ズム・ダイクンさ。あれは僕のちょっと捏造した話だ。君がそんなに真面目に信じようとは思わなかったハハハハ」と大喜悦のていである。

 吾輩は横でこの対話を聞いて彼の今日の日記にはいかなる事が記さるるであろうかとあらかじめ想像せざるを得なかった。

 この公王はこんないい加減な事を吹き散らして人を担ぐのを唯一の楽しみにしている男である。

 彼はジオン・ズム・ダイクン事件が主人の情線(じょうせん)にいかなる響を伝えたかをごうも顧慮せざるもののごとく得意になって下のような事をしゃべった。

「いや時々冗談を言うと人が真に受けるので大いに滑稽的美感を挑撥(ちょうはつ)するのは面白い。

 せんだってある学生にテム・レイがトレノフ・Y・ミノフスキーに忠告して彼の一世の発見なるミノフスキー物理学理論を連邦で発表するのはやめにしてジオンで披露させたと言ったら、その学生がまた馬鹿に記憶の善い男で、ジオン物理学会の演説会で真面目に僕の話した通りを繰り返したのは滑稽であった。

 ところがその時の傍聴者は約百名ばかりであったが、皆熱心にそれを傾聴しておった。

 それからまだ面白い話がある。

 せんだって或る研究者のいる席で木星帰りの話しが出たから僕はシャリア・ブルは木星帰りの中でも白眉である。ことに女ながらエルメスのビットの扱いは鬼気人を襲うようだと評したら、僕の向うに坐っている知らんと云った事のない先生が、そうそうシャリア・ブルは実に名女戦士だといった。それで僕はこの男もやはり僕同様ニュータイプ研究に詳しくないという事を知った」

 神経胃弱性の主人は眼を丸くして問いかけた。

「そんな出鱈目をいってもし相手が知っていたらどうするつもりだ」

 あたかも人をあざむくのはさしつかえない、ただ化けの皮があらわれた時は困るじゃないかと感じたもののごとくである。

 公王は少しも動じない。
「なにその時ゃ別の人と間違えたとか何とか云うばかりさ」と云ってけらけら笑っている。

 この公王は色眼鏡は掛けているがその性質が三連星のドムと似たところがある。

 主人は黙って煙草を輪に吹いて吾輩にはそんな勇気はないと云わんばかりの顔をしている。

 公王はそれだから銃を撃っても駄目だという目付で「しかし冗談は冗談だが銃というものは実際むずかしいものだよ、シャア・アズナブルは部下にそうそう当たるものではないと教えた事があるそうだ。なるほど人間に向かってビームライフルを撃っても、なかなか当たらないぜ。君注意して訓練して見給えきっと命中率があがるから」

「また欺すのだろう」

「いえこれだけはたしかだよ。じっさい奇警な語じゃないか。シャア・アズナブルがいいそうな事だあね」

「なるほど奇警には相違ないな」と主人は半分降参をした。

 しかし彼はまだ射撃訓練はせぬようだ。



 三連星のドムはその後破壊された。
 彼の光沢ある胸の拡散ビーム砲はすでに輝きを失った。吾輩が美しいと評した彼のモノアイはもう灯らない。

 ことに著しく吾輩の注意をひいたのはその体が大きく破損していたことである。

 吾輩が例のカーゴで彼に逢った最後の日、どうだと云って尋ねたら「ガンダムと突進してくるミデア輸送機にはこりごりだ」といった。

 地球上に二三段の構えを誇ったジオンの防衛網は昔の夢のごとく散ってジャブローに降下した大部隊も残りなく落ち尽した。
 冬の日あしが早く傾いて砂漠にも木枯しの吹かない日はほとんどまれになってから吾輩の昼寝の時間もせばめられたような気がする。

 主人は毎日戦場へ行く。

 帰ると自室へ立て籠る。

 敵が来ると、主人が厭だ厭だという。

 射撃訓練も滅多にしない。

 グフは感心に休まないで迎撃に出る。帰ると絶望感のためかヒート・ロッドを振って、時々吾輩を攻撃する。

 吾輩は戦いもしないから別段壊れもせずに、まずまず健康でその日その日を暮している。
 ジムは決して倒さない。ハモンはいまだに嫌いである。

 乗り手はまだないが、欲をいっても際限がないから生涯このゲリラ屋の家で無名のザクで終るつもりだ。(了)


吾輩は猫である (角川文庫)

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  • 作者: 夏目 漱石
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  • 発売日: 1962/09
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